その日は雨が降っていた。
この街の空はいつも曇り空だが、そこから天候が動くのは珍しい。
雨粒が窓を叩く音をぼんやりと聞きながら、アルは何度目とも知れない寝返りをうった。

「……ルカ、遅いな」

ポツリと呟かれた言葉に応える者は今はいない。
この家の主である少女は、アルのために熱冷ましの薬を調達しに行っているのだ。
自分のため、ということは理解しているのだが、体調が悪い時はどうにも人恋しくなるもの。

1分1秒が何倍にも感じる中、不意にアルの耳にチャイムの音が届く。

「!」

サッと顔を上げると、いそいそとベッドから抜け出す。
ルカは出かけるときに言いつけていたのだ。
『今日は荷物が多くなると思うから、帰ってきたらチャイムを鳴らすわね。悪いけど、ドアを開けて頂戴』
と。

廊下の冷えた空気が、火照る体に心地よい。
急いで、けれど身体に負担にならないスピードで、アルは玄関を目指す。

「ルカ、おかえり――」

鍵を開け、ドアを開いた隙間に、誰かの靴がねじ込まれる。

「えっ」

間抜けな声が漏れる。
そんなことはお構いなしに、その誰かはドアを思い切り引いた。

思わずたたらを踏むアルの前に、見知らぬ男が立つ。

「……アル・ラメールだな」
「…………え、と」
「一緒に来てもらおう」

え、と呟く間も無く、腕を掴まれる。

「!発熱している」

思わずと言った体で呟かれた言葉に、男の背後から様子を伺っていたもう1人の男が反応する。

「不味いな。早く塔に連れて行かなければ」
「よし……来い」

オロオロと彼らの顔を見比べていたが、腕をぐいと引かれ、アルはようやく声を上げた。

「ま、まって…ください!僕、ルカを」

彼らの背後からバシャンと水音が響く。
何だ、と体を傾けそちらを見やると、

「………」

アルが待ち焦がれていたその人、ルカが立っていた。
今まで抱えていたであろう大きな紙袋を足元に落とし、ひどく険しい表情でこちらを見ている。

「ルカ!」

「……同居人か?」
「いや、しかしデータでは」

男達は顔を見合わせ、何やら難しい会話を始める。
それに反応し、ルカは大股でこちらへとやってくると、男とアルの間に無理矢理割り込んだ。

「私はルカ。この子と一緒に住んでいる。だからこの子を連れていくなら、私も連れて行け」

アルを背に庇い、凛とした声で言い放つ。

「ルカ……?」
「……大丈夫。アルは、私が守るから」

こちらを見やり、微笑む。
しかしその笑みはいつもの明るいルカのものではなく。
何かが今までの日常から外れてしまった。そう、アルは直感した。
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