数十年ほど前のこと。
街にある病が流行った。


その病に侵された者は高熱に数週間うなされた後、皆命を落としていった。
その病には特効薬がなく、研究者達は必死にワクチンを開発しようとしたが、一向に薬はできないまま。

しかしある日突然、不治の病と恐れられたそれから完治した少女が現れる。

研究者達はその少女から抗体を採取しようとしたが、抗体どころか一般的な体組成すら検知できなかったのだ。

度重なる検査の結果、その少女の体は普通の人間のものと大きく異なったものへと変異していることを突き止める。
それとほぼ同時期に、病に罹った人間が「見たことのない大きな獣」へと変貌したという報告が相次いだ。

研究者達は、少女の変異と遺体の変貌はなんらかの関係があると仮説し、研究を重ねていった。


研究の結果、病に罹った者は、数週間かけて体全体の組織が変化することが判明した。
その変化に耐えられなかった者は命を落とすか、耐えたとしても自我のないただの獣に成り果てる。

しかし、ごく稀にその変化に耐え得る者が現れる。
最初の少女の様に。

至極緩やかにだが、生還者が現れ出し、研究も少しずつ進んでいった。

そして、生還者は特殊な能力を宿していることも判明する。
ある者は光から、またある者は己の血液から。様々な媒体からエネルギーを取り出し、自由に操れるという物だった。


この時、街の上層部はある計画を立ち上げる。
生還者の力を軸にして、一つのシェルターを作り上げようというのだ。

街の姿をした巨大なシェルター。
今ある世界とは別次元に隠し、完全に病から隔離した選ばれし者達の楽園。

その楽園は、数多の犠牲のもと遂に完成する。
それは今から約十数年前のことだった。


***


リデルの話が終わり、暫し沈黙が場に降りる。
必死に話の内容をまとめていたアルが、遠慮がちに口を開く。

「……そのシェルターがこの街ってこと、ですか?」
「そうだよ」
「じ、じゃあ……最近この街で流行ってるって言ってた病って」
「……以前シェルターの外で流行っていたものと同じものだね」

絶句するしかなかった。
この街がそんな経緯でできていたことも、再びそんな病が流行っているということも、直ぐに信じられる様な内容ではなかったが。
それでも、アルは見たのだ。

あの、大きな獣を――。


「中枢区の連中は、シェルターで出た感染者を塔に集めて更なる研究の材料にすると同時に口封じを行なってきた。しかし、何らかの理由で病が一気に広がったんだ。中枢区の連中が手を打つよりも早く。……今このシェルターに住んでいた人間で、人の形を保った生存者はおそらく数える程だろう」
「そんな」
「いや、フェイリア――あの獣達が『狩り』を行っている今、最悪ここに居る者達で全員かもしれない」
「……」

想像以上の異常事態。
これからどうすればいいのか必死に考えているが、思考が空転して意味をなさない。

目に見えて顔色が悪くなったアルを気遣いながら、リデルが口を開く。

「……急にこんなことを言われて、びっくりしただろう?一度別室で休むかい?」
「い、いえ……僕は」
「ううん、休むべきよ、アル……あなたは昨日まで普通の子だったんだから」
「でも……」
「リオちゃんも」

その言葉にハッとリオを見やる。
深く俯いたその姿は、相当ショックを受けているのではないか?

「ご、ごめんリオ……僕」

君を気遣う余裕がなかった。
思わず謝るアルを見上げるアクアマリンの瞳が、わずかに揺れている。

「……二人とも、休んでらっしゃい。横になりたかったらベットもあるから。ね?」

ルカの言葉に、ただ頷くしかなかった。
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