他人の家に無断で長く居座るのは気が引けたが、休憩は必要だったし、何より今の街を暗闇の中歩くのは危険だと判断し、夜が明けるまで過ごさせてもらう。
色んなことがあったからか、アルは眠ることができなかった。ぼんやりと暗闇を見つめながら、もしも家主が帰ってきた時に述べるべき謝罪の言葉を考えていたが……結局、家の主が帰ってくることはなかった。


明るくなってから、慎重に外へ顔を出す。
周りには人も獣もいない。そっとドアを潜り抜けると、家の前に置かれていた自転車に近寄る。
獣の体当たりをまともに受けた自転車のフレームは曲がってしまっていた。
試しにペダルを回してみるも、うまく動かなくなってしまっている。

「自転車、だめ?」
「うん……ごめんね、折角リオが運んでくれたのに」
「ううん、いいの」

申し訳なさそうにするアルに軽く微笑むと、リオは道の先を見やる。

「アルの家は、まだ遠い?」
「えっと……ここまで来たら、歩いて行けない距離じゃない、と思う。でも……」

ちらとリオの足元を見る。
リオは未だ裸足のままだ。休ませてもらった家には、子供用の靴はなかったから。
元々街にいる子供は少ないので仕方ないといえば仕方ないのだが……この白く小さな足でアスファルトを歩くのは酷だろう。

「……リオ、僕の靴を履いて」
「え……」

サッと靴を脱ぎ、目を丸くするリオの足元に置く。

「僕の靴だから、ちょっとサイズが大きいと思うけど……ないよりはいいと思うから」
「でも」

戸惑う様子のリオに笑いかける。

「大丈夫だよ!ほら、僕は靴下履いてるからさ。でも、リオは裸足でしょ?それなら、リオが僕の靴を履く方がいいかなって」

リオは暫しアルと靴を見比べていたが、態度でアルは譲るつもりがないと分かると、おずおずと足を通した。

「ちょっと待ってね」

その足元にしゃがむと、慣れた手つきで靴紐を結び直す。

「どうかな?少しきつめに結んだから、これなら歩きやすいと思うんだけど」
「……うん。平気」
「よかった」

足踏みをしながら様子を見るリオから目を離し、ちらと中枢区の方を見る。
昨日は幾本も煙が立ち上っていたが、今はすっかり鳴りを潜めていた。
スプリンクラーがうまく働いたのだろう。これなら、居住区の方もおそらく安心だ。

けれど、心配しなければならないのは、おそらくもう火の手だけではない。

(あの女の子と、大きな獣。なんだろう、これで終わりじゃない気がする)

なんとなくだが、予感めいたものを感じる。
そう、きっとこれで終わりじゃない。彼女は再びやってくるのだろう。
その時、アルはもう一度リオを守ることができるのだろうか?

……正直に言えば、自信はない。

(でも、もしもの時は、頑張らなきゃ。僕がリオを守るんだ)

出会って間もないが、アルは幾度もリオに助けられた。
物理的にも、精神的にも。
それなら、アルだって彼女を助けなければ。

密かに決意を固めるアルを、リオが不思議そうに見つめる。
その視線に気づき、なんでもないと笑った。

「それじゃ、行こう。後少し」
「うん」

どちらからともなく差し出した手を握る。
まるでそうするのが当然だという様に手を繋ぎ、二人は再び歩き出す。
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