暫し玄関で身を寄せ合っていた二人だったが、ゆっくりとアルが立ち上がる。

「ごめんね、もう大丈夫」
「うん」
「なんか、一気に疲れちゃったね……喉も乾いたし」

いろんなことが起こりすぎてすっかり忘れていたが、そういえば塔から帰ってくるまで飲まず食わずだったことを思い出す。意識すれば一気に空腹が増した気がして、アルのお腹が小さく音を立てた。

「あ、あはは……まずは何か食べようか」

気恥ずかしさを誤魔化すように笑い、キッチンへと歩く。
冷蔵庫を覗き込み、二人分の飲料と食べ物を見繕うアルをリオは不思議そうに見つめている。

「ねぇ、リオは好き嫌いとかない?」
「……大丈夫」
「よかった。ルカが作ってくれたサンドイッチがあるから、一緒に食べよう。飲み物は何が好き?冷たいのよりあったかいのがいいとかあったら、遠慮なく」


不意に、玄関からカチャリ、と金属音が響く。


「――っ」

勢いよく振り返る。
リオもまた玄関を見つめており、間違いなく空耳ではないと確信した。

カチャリ、カチャリ、と断続的に響く音。
誰かが、ドアノブを触っているのだ。

リオの手を引き、素早くソファの後ろに身を隠す。
それとほぼ同時にドアが開く音がし、誰かの気配が二つ、入ってくる。

「…………」

顔を出すのは危険だ。聞き耳を立て、小さな話し声に全神経を集中させて様子を伺う。

「……まだ、帰ってきていないようだね」
「かも、しれません……やはり置いてくるべきではなかったのでしょうか」
「いや、君の判断は間違ってないさ。フェイリアと交戦していたのだから……そう気を落とすんじゃない、ルカ」

(――ルカ?)

聞き覚えのある名が聞こえ、恐る恐る片目を覗かせる。
キッチンの入り口に立つ見知らぬ男性。その背後に、見知った影、が。

「……ルカ」
「っ!!」

思わず漏れた呟きに、男性が構える。
しかしアルはそんな様子も目に入らず、立ち上がった。

「……アル」

信じられないものを見ている顔だ。
おそらく、アルもそんな顔をしているのだろう。

「る、ルカ……っ」
「――っ!!」

感極まり、言葉が震えるアルに、ルカが駆け寄り抱きしめる。
お互いの無事を確かめる様に、しばらく二人は抱き合ったまま過ごした。


***


二人が落ち着いたのを見計らい、男性が口を開く。

「アルくん、無事でよかった。君のことはルカからよく聞いているよ」
「……ルカから?」
「詳しい話は後で。今はここも危険だ、すぐにここを出よう」
「あっ待って!」

ルカに手を引かれるも、アルは踏みとどまる。

「ねぇルカ。靴と……できれば上着も、リオに貸してあげて欲しいんだ」

アルに示され、リオが小さく頭を下げる。

「この子はリオ。僕を色々と助けてくれたんだよ」

改めてリオを見やるルカ。
簡素なワンピース一枚のその姿に、なるほどと頷く。

「わかった。すぐに用意するわ」
「ありがとう!」
「アルは靴下を変えてらっしゃい。泥だらけじゃない」
「あ……あはは」

ルカに指摘され、そう言えば自分は靴下だった、と苦笑いする。

「けれど、彼も言った通り、今はあまり時間がないの。急いで」
「わ、わかった」

ルカの真剣な様子に思わずゴクリと喉を鳴らす。
ふと、こちらを見やるリオが不安そうに見えて、大丈夫と笑いかけた。

「リオはルカに着いて行って。大丈夫、優しい人だから」
「……わかった」
「うん、また後で」

こうしてアル達は素早く身の回りを整えるた後、男性の先導で家を後にする。
なんとなくだが。次にこの住み慣れた我が家へ帰ってくるのはいつになるのだろうか、と思いを馳せながら。
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