「じゃあ、僕はその病気なんですね……?」

塔へと向かう車の中。今までの説明をまとめ、アルは呟く。

現在、この街ではとある病気が流行っているらしい。
その病気にかかると発熱をもよおし、一見すると風邪のようだが、普通の風邪とは違い自然治癒することはまずないという。
そのため、感染者は一様に塔へと集められ、ワクチンを投与されるのだ。

「風邪じゃなかったんだ……見つけてもらってよかった。ね、ルカ」
「………」
「ルカ?」

問いかけに応えないルカの名を呼ぶ。
その瞳は未だ鋭く、運転席の男を睨んでいるようにも見える。

「ルカ……?大丈夫?」
「……うん。大丈夫」

いつもと違う様子に不安になり、顔を覗き込む。
すると彼女は途端に笑顔になり、アルの手を握った。

「……」

しかし、それでも違和感を拭えず。
アルは戸惑いつつも、その手を握り返すことしかできなかった。


***


通された部屋は床も壁も天井も真っ白で、どこか教会のような雰囲気の部屋だった。
指示された通り長椅子に座る。
その間片時も手を離そうとしないルカの様子に、やはりただならぬものを感じ、もう一度大丈夫か問いかけようと口を開いた。その時だった。

「っ!!?」

部屋の外から大きな悲鳴が聞こえ、思わず身を竦める。
アルが入り口に視線を走らせると同時に、隣の少女が素早く立ち上がった。

「……アル」
「な、なに……?」
「これを」

ルカは己の腰に巻いていたベルトを素早く抜き取ると、アルの手に握らせる。

「この、バックルについた金具を引っ張ると、真っ直ぐ伸びて棒状になるから。警棒の替わりくらいにはなるわ」
「なんで…そんなもの持ってるの……?」

こちらの問いかけに答えることなく、ルカは入り口を睨みつけたまま、懐からペンライトを取り出した。

「る、ルカ……?」

一体何が始まるというのか。
不安から震える声に答えたのは彼女ではなく、謎の乱入者だった。

「――!?」

勢いよく扉が開き、黒い影が飛び込んできた。

その影――犬、だろうか?
四つ足の獣は犬にしては大きな体躯を揺らし、落ち窪んだ目をギョロギョロと走らせる。
しきりに唸り声を上げ、覗く鋭い牙からは鮮血が滴っていた。

「ひ――っ」

思わず漏れた悲鳴に反応したのか、真っ赤な双眸がこちらを睨む。
弾かれたように走り出した獣があっという間に間合いを詰め、大きく跳躍した。

しかし、

「ふ――っ!!」

短く息を吐き、ルカが振りかぶる。
勢いよく腕を振り抜く。その手には、先ほどまではなかった両剣が握られていた。

キャン!!と甲高い悲鳴を上げながら獣が吹き飛ばされる。
しかし直ぐに態勢を立て直すと、再びこちらへと飛びかかってきた。

知能はあまり高くないのか、幾度も幾度も一直線にこちらへ飛び込んできてはルカに吹き飛ばされる。何度も切りつけられ、鮮血を振りまいているのに。
その勢いは一向に落ちる気配がなく、ルカは大きく舌打ちすると攻め方を変えた。

「――!!」

飛びかかってきた獣の牙をわずかに身をよじることで躱し、真横から刃を突き刺した。
勢いよく床に倒れ込んだ獣に馬乗りになり、全力で刃を突き立てる。
大きく抵抗する獣。しかしそれに負けないくらいの力でルカが押さえ込む。

あの細腕のどこにそんな力があるのか。
鬼気迫る表情で獣を制するその姿に、アルの両足が震える。

「ルカ……っ」
「来ないで!!」

鋭い声が飛ぶ。
思わず身を竦ませるアルに目線だけ寄越すと、ルカは笑ってみせる。

「アル……アル、よく聞いて。今直ぐこの塔から出るのよ」
「ルカは、どうするの…?」
「私は……後で行く、から。今はひとりで行くの」
「そんな……っ」
「いい子だから、言うことを聞いて。私は大丈夫。だから、早く――!!」

一際大きく抵抗した獣に押し返され、ルカの体が傾ぐ。
体全体を使い、尚もしがみつく少女に、忌々しげに獣が呻いた。

「アル!行きなさい!!」
「う……っ」
「早く!!!」

鋭い声で叱責され、アルは震える足でドアを目指す。

「――いい子」

背後で小さく聞こえた声に後ろ髪を引かれながらも、アルは言われた通り塔の出口を求めて歩き出したのだった。


***


熱が上がったのか、ふらつく体を引きずるように廊下を進む。
壁伝いにのろのろと歩くその姿は、遠目からも調子が悪いとわかる。

「はぁ……はっ」

大きく深呼吸を繰り返し、足元だけを見つめ、ただ前に進む。
けれど消耗した体は言うことを聞かず、大きくつんのめってしまう。

「――っ!!」

そのまま床に倒れ込む。
手を使って起き上がろうとするが、もう体は動かなかった。

「……?」

かろうじて動かした目線の先。
白く小さな爪先が見えた、気がした。

そのまま世界は暗転する。
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