ぼんやりと意識が浮上する。
硬い床で眠ってしまったため、体が痛い。
目を擦り、ゆっくりと上半身を起こす。

「……?」

なんだか体が軽い。
気を失うまではあんなにも熱で朦朧としていたというのに。

「ここは……」

ふと周りを見回せば、ここは先ほど倒れた廊下ではなく、どこかの部屋であることに気づく。
床はパステルカラーのマットが敷き詰められ、部屋の隅には積み木などのおもちゃもある。
まるで、子供部屋のようだ。

「……おきた」
「っ!!」

不意に背後から声が聞こえ、飛び上がった。
バッと振り返る。そこには、見知らぬ少女がいた。

「………?」

水浅葱の髪を揺らし、首を傾げる。
簡素な白いワンピースを着ているが、なぜか裸足だ。
この部屋の主……だろうか?

「……君、は?」
「わたし?」
「えっと……だれ、なの?」

何と尋ねればいいのだろうか。
つっかえつつも、言葉を絞り出す。しかし、少女は首を傾げたままだ。

「その……名前、は?」
「なまえ」
「そう、君の名前」

しばし考え込む素振りのあと、少女はスカートの裾から何かを摘み上げる。
差し出されたのは、一枚の小さなネームプレートだった。
ローマ字で「LIO」と刻まれている。

「リオ……君は、リオと言うの?」

しかし少女はアルの問いかけには答えず、ゆっくりと立ち上がる。

「ま、まって!僕……ここから出なきゃならないんだ!でも、出口がどこか分からなくって……その」

しどろもどろに言葉を紡ぐアルを振り返り、リオは短く「こっち」とだけ呟いた。


***


リオの案内で塔の中を進むと、いとも簡単にエントランスへと辿り着いた。
しかし、アルは何とも言えない不安を感じていた。

リオと出会った部屋からここに至るまで、誰ともすれ違わなかったのである。
この塔に入ったときは、エントランスには人が行き来していたし、人の気配もしていたのに。
それらが今は忽然と消え失せている。

「ねぇ、リオ……ここにいた人たちはっ」

前を進んでいたリオが突然立ち止まり、そのままぶつかってしまう。

「ご、ごめん!!」
「…………」
「……リオ?」

どうしたのか、と様子を伺う。
その時、ぺた、と。素足が床を踏む音が響く。

やけに大きく聞こえたその音に視線をやると、そこには黒髪の少女がひとり、立っていた。

薄く微笑む少女。簡素な白いシャツに黒いズボン。
その髪と同じ漆黒の瞳で真っ直ぐこちらを見つめている。

「……知り合い?」
「……」

アルの質問に答えることなく、リオは静かにアルの手を取った。

「リオ……っ!?」

アルの手を引き、リオが踵を返し走り出す。
その瞬間、黒髪の少女の両手に赤い短剣が握られているのを、確かに見た。
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