「うわわ……っ!!」

リオに手を引かれ、エントランスを右へ左へ逃げ惑う。
それを黒髪の少女が執拗に追撃する。

その両手に握られている短剣は嘘みたいに何でも切り裂いていく。
今もまたエントランスに置かれていたテーブルが真っ二つになって宙を舞った。

「り、リオ……!」
「……」

リオは答えない。
けれど、決してアルの手を離そうとはしなかった。

「……っ」

意を決し、アルは自分からリオの手を引いた。

「こっち!!」

エントランスを逃げ惑うだけでは、いつか捕まってしまう。
廊下に駆け込み、一気に駆け抜ける。
途中分岐点を何度も折れ曲がり、長時間姿を捉えられないよう努めた。

その内アルの意図を察したリオが、分岐点で先導してくれるようになる。
2人で並び、必死に走った。けれど、未だ完全に少女を引き離せずにいる。

「はぁっ……はっ……っ!!」

もう息が限界だ。
心なしかリオも苦しそうに見える。

何とか、しなければ。

「……っ!!」

その時、右ふくらはぎに鋭い痛みが走った。
堪らずバランスを崩し、転倒する瞬間、ふくらはぎから出血しているのが見えた。

(切られた――!!)

走る勢いそのままに、勢いよく転倒する。
手が外れ、リオが立ち止まる気配がした。

「リオ!そのまま走って!!」

咄嗟に叫び、背後を振り返る。
少女が投擲した短剣を拾い上げ、こちらへ歩みよる姿が見えた。

「……っ」

直ぐには立ち上がれず、尻もちをついたまま後ずさる。
少女は相変わらず薄い笑みを浮かべていた。あれほど全力疾走した後にもかかわらず、息も乱さずこちらへ歩み寄る姿は、正直不気味だ。

「き、君は……誰?どうして僕たちを襲うの!?」
「……」

少女は答えない。その代わり右手を大きく振りかぶった。
思わず目をきつく瞑る。その時。


――ガシャン!!


突然響いた大きな音に体がすくむ。
慌てて目を開けると、アルの目の前、丁度少女と自分を分断する形で防火シャッターが降りていた。

それでも少女がシャッターを開けようとしているのか、何度もガシャンガシャンとシャッターがたわむ。いくら切れ味鋭い短剣でも容易には開けられないようで、しばしの間シャッターの揺れる音が響いた後、急に静かになった。

(助かった……?)

詰めていた息を吐き出す。
まだ安心はできないが、一先ず目の前の危機は去ったようだった。

思わず床に転がるアルに、リオが歩み寄る。
隣に腰を下ろし、血がついているふくらはぎに手を伸ばす。

「あ…っリオ、汚れちゃうよ」

慌てて身を起こし、リオの手をブロックする。

「これくらい平気!」

そう強がり、ズボンの裾で血を拭う。

「……あれ」

すると、あらわになった傷口は出血のわりに随分小さいことが分かった。

(もっと深く切れてると思ったんだけど)

不思議に思うアルの顔を見つめるリオの視線に気づき、大丈夫と笑う。
ゆっくり立ち上がると、数度屈伸して様子を見る。
これなら、歩くことに支障はなさそうだ。

「ほら、大丈夫」
「……」

笑いかけるアルに頷くことで応え、リオもまた立ち上がる。
再び並び立った2人。シャッターを見やり、アルは小さくため息をついた。

「……結構、離れちゃったね」

距離もさることながら、幾度も曲がり角を折れてきたのだ。もう道順など覚えていない。

「ごめんね……せっかく案内してくれたのに」

自分のせいではないにもかかわらず謝罪するアルに、リオは首を左右に振った。

「……こっち」

あの部屋でアルを先導した時と同じように呟き、再びリオは歩き出した。
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