「……ふぅ」

額に浮かんだ汗を襟のパーカーで拭い、一息つく。
自転車のお陰で随分順調に進むことができた。2人は今中枢区と居住区を繋ぐ大橋のたもとまで来ている。

「リオ、座りっぱなしだけど、平気?」
「うん……わたしより、アルの方が、たいへん」
「僕?大丈夫だよ、これくらい」

和やかな雰囲気ではあるが……アルの視線の先では居住区からも煙が立ち昇っており、この異変は中枢区のみではなくこの街全体で起こっていることが窺える。
不安がなくなったわけではない。けれど、この少女がいる限り、アルはきっと大丈夫だ。

「――よし!行こうか」

再び自転車に跨った、その時。
視界の端に、黒い何かが映った。直感的に嫌なものを感じ、体が強張る。

「……う」

思わず引きつった声が漏れる。
そこには、あの時ルカが身を挺して足止めしてくれた獣とよく似た個体が、そこにいた。

(なんでここに?じゃあ、ルカは?それとも違う獣?)

脳裏でぐるぐる疑問だけが回る。
そんなアルを現実に引き戻したのは、件の獣の遠吠えだった。

「!?」

大きな遠吠えが、遠く遠く響く。
身を硬くするアルの目の前。長い遠吠えを終えた獣の元に、屋根から飛び降り、あの黒髪の少女が合流する。

少女は獣をひと撫ですると、真っ直ぐこちらを見やる。
その口元が、にぃと弧を描いた。

「――っリオ!!!」

半ば叫ぶように名を呼んだ。それに応えるように、リオが後ろに飛び乗る。
弾かれたようにペダルを漕ぎ出すアル。しかし、あの獣はあっさりと隣に並んだ。

「っ!!?」

目を見開き、驚愕の表情を浮かべるアルと暫し並走した後。獣は真横から体当たりを繰り出した。

「ぅあっ!!!」

堪らずハンドルが大きくぐらつき、次の瞬間2人とも地面に投げ出されていた。

「――っ」

数回回転した後、欄干にぶつかり漸く止まる。
あまりの痛みに呻くことしかできず、地面に伏したアルの視界に、少女の素足が映り込む。

「り…りお……っ」

咄嗟に名前を呼ぶが、視線を上げた先に映り込んだのは、黒髪の少女で。

「っ!!!!!!」

信じられない力で蹴り飛ばされる。
アルの体はなす術なく宙に浮かび――欄干を飛び越え、川の上へと投げ出されたのだった。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。