ごぼり、と水音がして、耳が詰まる感覚。
体を冷たい流水に包まれてから漸く落ちたのだと把握する。

全身が痛くてたまらない。
蹴り飛ばされた場所は勿論、水面に叩きつけられた衝撃で意識すら朦朧としている。

(リオ………)

薄く目を開ける。
口から漏れた酸素が大きな泡となって水面へと消えていくが、それとは反対にアルの体は下へ下へと沈んでゆく。

今すぐ彼女の元へ戻らないと、リオが危ない。
気持ちばかり逸るが、体は一向に動いてくれない。

(僕……死んじゃうのかな)

実感が湧かない。けれど、このままでは間違いなく命はないだろう。
ルカと再開することもなく、リオをこんな場所に置いて、死ぬのだろうか。

(それは………いやだ、な)

ぎゅっと掌を握る。
今何もしなければ、後悔したまま死んでしまう。
それだけは。それだけは、避けなければ。

水を掻き、なんとか水面を目指そうともがく。
早く、一刻も早く、戻るんだ。

(リオ……!!)

しかし、思いも虚しく、アルの中の酸素は限界を迎えてしまう。
もう空気を吐くこともできない。
一気に水が口腔内を満たし、体の重さが増す。

悔しかった。
リオを守れない、力のない自分が。


力さえ、あれば――。


薄れゆく意識の水底で、右手が熱を持ったような、気がした。


***


「!!」

アルの姿が消え、リオは欄干へと駆け寄る。
身を乗り出して姿を探すが、もう何も見えない。

「……アル」

呆然と呟くリオを、黒髪の少女が見つめる。

「……おまえ」

黒髪の少女が初めて言葉を発した。
リオがゆっくり振り返る。少女は首を傾げ、暫しリオを見つめていたが、不意にあの笑みを浮かべる。

「………驚異、排除」

ポツリと呟くと、一瞬で両の手に短剣が出現する。
リオの表情がわずかに強張った、その時。


ガンッ


欄干に何かが勢いよくぶつかる音がし、水しぶきが降り注ぐ。
思わず振り返ったリオの視線の先――欄干の上に、アルが、いた。

「――あ」

リオが名を呼ぶより早く、アルはその身を踊らせた。
着地した勢いそのままに飛び出し、一気に少女へ肉薄する。

そのスピードは少女が反応するより僅かに早く、アルはそのまま右手を振り抜いた。


「ぎ――っ!!」

少女の呻き声と共に、鮮血が迸る。
咄嗟に後ろへと飛び退いた少女の視線の先、アルの右手には揺らめく水で構築された一本のカトラスが握られていた。

堪らず片膝をつく少女に獣が駆け寄る。
少女は暫しこちらを睨みつけていたが、何も言わず、獣に跨ると2人の前から去っていった。


「……」


それを見届けた後、アルの体が大きく傾ぐ。
咄嗟に駆け寄ったリオの腕の中、彼は静かに意識を手放した。
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